記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

出版ご案内と日記

小林健彦教授の「分かりやすい日本文化論シリーズ」 
書籍のご紹介


 電子データのみの販売も行なっております。データ版は、「DLmarket」よりご購入いただけます。パソコン、タブレット、電子書籍専用機器等を使用し、簡単な操作で、よりお得に、今すぐご覧いただくことができます。Yahoo、Googleなどの検索サイトへ「DLmarket」と入力し、「ダウンロード販売のマーケットプレイス:DLmarket」サイトを開き、「キーワードで検索」へ「小林健彦」とご入力いただければ、比較的簡単にご購入していただくことができます。

作品のラインナップ(電子書籍の製本版。普通の紙の本です)

韓半島と越国(かんはんとう と こしのくに) 
  ~なぜ渡来人は命がけで日本へやって来たのか~
 


 現在の北陸地方、新潟県域を合わせた地域、かつての「越国」を通して見た、朝鮮半島や、中国大陸を見据えた国家間交渉の行方とは何か?古代日本国家の威信をかけた対外交渉の顛末とは?日本にしかなかった謎の宝石「夜明珠」と阿蘇山との関係。そしてその使い道とは何か?新羅国文武王の海中王陵が物語る、日本との意外な関係とは?初期日本海軍を担った「海人(あま)」集団と船舶、それらを掌握したヤマト王権による日本海側東進の思惑はどこにあったのか?高麗船がもたらした銀簡の謎。そこに書かれていた不思議な文字の意味とは何か?文禄の役の際、上杉景勝や直江兼続は朝鮮半島で何をして来たのか?画像データも豊富に掲載。分かりやすい内容です。中学生以上向き。地域学習や講演の資料としてもご利用いただけます!!
版型:B5版 ページ数:277ページ 価格:2,880円(税込)  ご注文は下記より



災害対処の文化論シリーズ Ⅰ ~古代日本語に記録された自然災害と疾病~

 日本において発生してきた数々の自然災害や疾病が、どのように記録され、また、どのように克服されてきたのかを、分かりやすく解説!!日本で最初に記録された地震はどの様なものだったのか?古代の天皇によって発表された「不徳」と災害との意外な関係!お坊さんが医者?医者がお坊さん?女医さんもいた!!古代日本の医療制度。病気と鬼の関係とは?節分には桃の種を投げていた?道祖神の原型とは何か?中国災害史との意外な関係とは?災害立国日本の軌跡を描いた一書です。画像データも豊富に掲載。中学生以上向き。地域学習、講演資料、防災・災害学習等にも幅広くご利用いただけます。
版型:B5版 ページ数:240ページ 価格:2,690円(税込)  ご注文は下記より



災害対処の文化論シリーズ Ⅱ ~室町~織豊期の地震災害と対処の文化~

 室町、戦国時代~江戸時代初期にかけて発生していた数々の地震災害。当時の人々は、これらの震災に対して、どのように対処をしようとしていたのであろうか?豊臣秀吉も地震より命からがら助かっていたって、本当?前代未聞!空より降り注いだ「馬の毛」の正体とは一体何か?江戸時代の大名が最も恐れた自然現象とは何?江戸城にも存在したパニックルームとはどんなもの?災異改元にすがる天皇や将軍。震災後、根拠のない中国文献を漁り、未来予想図の構築にすがる為政者の謎の姿!!こんな疑問を分かりやすく解説!!画像データも豊富に掲載。中学生以上向き。地域学習、講演資料、防災・災害学習等にも幅広くご利用いただけます。
版型:B5版 ページ数:91ページ 価格:1,290円(税込)  ご注文は下記より



災害対処の文化論シリーズ Ⅲ ~新潟県域に於ける謎の災害~

 新潟県における災害対処文化の歴史を取り扱った唯一の書籍です。今まで海底であった場所が、一瞬のうちに陸地になってしまったという想像を絶する災害の謎とは?ええっ!新潟が無い!!海だらけ、謎の「越後国図」!!新潟にも、とっても怖い活火山があったの?島や海沿いの神社が一瞬で消えて無くなるってどういうこと?キーワードとしての古代日本語「奈具志(なぐし)」の謎!!盲目の女性芸能者であった瞽女(ごぜ)により語り伝えられていた壮絶な地震被害の内容とは?こんな疑問を分かりやすく解説!!画像データも豊富に掲載。中学生以上向き。地域学習、講演資料、防災・災害学習等にも幅広く利用いただけます。
版型:B5版 ページ数:189ページ 価格:2,220円(税込)  ご注文は下記より



災害対処の文化論シリーズ Ⅳ ~北陸、新潟県域の古代と中世~

 北陸、新潟県域を対象とした災害対処文化の歴史を取り扱った唯一の書籍です。古代より中世の時期にかけて、想像を絶する災害が発生していた北陸、新潟地方。ネズミの大移動が意味していたこととは何か?「人魚」も災害?聖徳太子と人魚との意外な関係とは?北陸地方でもオーロラが見えた?今より充実していた古代の「厚生」政策とは?「泥雨」の恐怖とは何か?しかし、当地の民衆は、屈することなく、地域社会の維持に努力をしていた。災害対処の様子を文化史として分かりやすく解説!!画像データも豊富に掲載。中学生以上向き。地域学習、講演資料、防災・災害学習等にも幅広く利用いただけます。
版型:B5版 ページ数:244ページ 価格:2,790円(税込)  ご注文は下記より



災害対処の文化論シリーズ Ⅴ ~浪分けの論理、水災害としての津波~

 宮城県、福島県、静岡県、新潟県、福井県、京都府を中心とした地域における津波災害対処の様子を、文化史として分かりやすく解説!!日本神話に隠された自然災害の痕跡と子孫への警鐘。「浪分」とは何か?「不動明王」と津波災害との意外な関係とは何?「荒浜」と津波。島が瞬時のうちに海底へ沈む謎とは何か?津波災害より逃れるヒントとしての文化とは?本当は怖い羽衣伝承、浦島説話!!江戸時代の「命山」が現代に復活。江戸時代初期には既に存在していた、高度な治水対策の数々!各地に残る日和山の謎とは?画像データも豊富に掲載。中学生以上向き。地域学習、講演資料、防災・災害学習等にも幅広くご利用いただけます。
版型:B5版 ページ数:365ページ 価格:3,780円(税込)  ご注文は下記より



⑦日本語と日本文化の歴史基層論 ~平清盛・徳川家康・坂東太郎に見る呼称とうわさの文化~

 外国人が苦手な日本語って何?留学生に知って欲しい日本のこととは。インターネットもマスコミも存在しない昔の日本。人々は生活に必要な情報をどのようにして得ていたのであろうか?「~らしいよ」という表現法は、実は「命がけ」!!それは自己保身と危険回避のために行なっていた日本人の基本的スタンス?そして、なぜ日本人は「の」を多用するのか?どうして、人間ではない山や川、船舶、梵鐘等の自然地形や事物に人名の様な名称を付けるのか?物にも霊力を認めていた昔の日本人の姿とは、どの様なものであったのか?日本語、日本文化、そして、日本人にまつわる言語文化や歴史の話題を分かりやすく解説。カラー大画像データも満載。中学生以上向き。国語学習、社会文化史学習等にも幅広くご利用いただけます。
版型:B5版 ページ数:221ページ 価格:2,450円(税込)  ご注文は下記より



お使いのパソコンによっては、緑色の販売ボタンが作動しない場合もあります。販売画面に切り替わらない場合には、誠にお手数をおかけいたしますが、下記サイトよりお願い申し上げます!!検索エンジンに下記URLをコピペしてご利用ください。なお、スマートホン等よりは、緑色の販売ボタンをご利用いただけます。

韓半島と越国:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631636

災害対処の文化論シリーズⅠ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631458

災害対処の文化論シリーズⅡ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631608

災害対処の文化論シリーズⅢ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631609

災害対処の文化論シリーズⅣ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631542

災害対処の文化論シリーズⅤ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631546

日本語と日本文化の歴史基層論
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631473



電子書籍について;

 
 以上の作品は、電子書籍データ版、電子書籍製本版です。データ版は印刷、製本、配送費用が不要なので、お得にご覧いただけますし、今すぐに読むことができます製本版はオンデマンドにより、ご注文を受けてから、1冊単位で印刷、製本し、ご指定の場所まで直接配送するものです。通常、お申込みより3日~8日でお手元に届きます。何れも随時、最新の知見を反映させるため、内容の更新を行なっておりますので、お手元にお届けするのは最新版となります。一般の書店では手に入れることのできない限定品です。ご購入代金のお支払いには、クレジットカード決済、コンビニ決済がご利用いただけます。製本版は、B5版(版型)、無線綴じ・左綴じ、カラー印刷(大型画像とも)、ホワイトしらおい(本文用紙)、表紙カラー&ラミネート加工なし(用紙:硬め)の装丁となっております。また、本文で使用しております活字の大きさは、12ポイント(見出し等は14ポイント)で、とても見やすくなっています。通常の書籍では、活字の大きさは、10.5ポイント~11ポイントです。
 

戦国時代に関する著作:
 
 越後上杉氏と京都雑掌(ざっしょう) 戦国史研究叢書13  
      
  出版社:岩田書院 発行:2015年5月 価格:9,504円(税込) 
  版型:A5版 ページ数:357ページ
  
内容:
 戦国大名上杉謙信に至る北陸の勇、越後上杉氏。軍事力や経済力だけではないその強さは、京都を舞台とした外交交渉の場でも発揮されていた。上杉氏と契約を交わした異色の在京武士神余(かなまり)氏による、したたかな交渉術の数々。情報戦の重要性を認識していた上杉氏が京都で展開していた立ち回りの様子を、分かりやすく解説!!神余氏が戦国の京都で見た景色や夢とは、一体どの様なものであったのか?
好評発売中!!

    ご購入は、一般書店、各販売サイトまで!!


著者のhitokoto日記:


当地、新潟県内でも、2月には「天神講」が行なわれます。つまり、菅原道真の命日に当たる、25日を記念した行事です。私の家でも、お雛様の様なたたずまいを見せる天神様像等、3体の人形(陶器製)を飾っております。その2月も今日で終わりです。さて、本日、「日本語と日本文化の歴史基層論~平清盛・徳川家康・坂東太郎に見る呼称とうわさの文化~」を販売開始致しました。ぜひ、ご覧下さい!!日本語と日本文化の謎が満載です。(2017年2月28日)

謹賀新年!!
皆様のご多幸をお祈り申し上げます。今年は、大きな災害が無い、良い一年になれば、と存じます。(2017年元旦)

昨夜、「電子媒体を使用した歴史学研究の可能性追究-柏崎市高精細デジタルアーカイブを事例として-」と題した市民大学特別講座・WEBミュージアム利活用講座を実施しました。意外なことに、受講者には、ご年配の方々、女性の方々が多く見受けられました。パソコンは中々に面倒だと思われるご年配や女性の方々が多いのかと思ったら、最近では、そうでもない様です。却って、地方だから、ご高齢だからこそ、インターネット、デジタルアーカイブの利便性が高いのかもしれません。高精細デジタルアーカイブは、非常に画素数の高いカメラで撮影をするので、文書にしても、立体感のある物にしても、最大限度に拡大をしても画面がとてもきれいです。その点では、画像資料を歴史学に止まらず、色々な分野の研究に供することが可能となり、情報の利用者としてはあり難い限りです。(2016年11月12日)

新潟県内でも、早いところで8月下旬には田の稲刈りをすることもあります。そうした田んぼでは、寒くなるまでに、かなりの時間的余裕がある為、一度稲刈りをした切り株より、再び青々とした稲が育ってきます。そして、10月も下旬になると、背丈30センチメートルぐらいに育った稲に、ちゃんとした稲穂が付いているではありませんか。勿論、これらのコメは収穫されることもなく、ただ、枯れて行くか、土に漉き込まれて行くだけです。こうした現象も、温暖化の影響でしょうか。ちょっと前までは、こうした光景を見たことはありませんでした。もう少しすると、新潟県でも、同じ株から、1年に2回、コメが収穫できる様になるのかもしれません。しかし、折角育った2回目の米、何とかならないものでしょうか?少し、可哀そうな気がします。
 ところで、昨夜、市民大学講座、後期4回シリーズの最終回を行ないました。今回は、先ず「『日本書紀』に記録された天皇不豫(ふよ)記事と自然災害観」の残りの部分と、聖武天皇期を中心とした災異観、疾病観をお話しし、「えやみの鬼、神」でまとめをしました。時間の配分が中々上手く行かずに、受講者の方々には、ご迷惑をお掛けしたことと思います。日本のあちこちにある八坂神社、祇園社がいかなる経緯で、全国展開して行ったのか、という話題に就いても解説をしてみました。(2016年10月28日)

新潟県立十日町高校で模擬授業を実施いたしました。テーマは「日本語の経緯(いきさつ) 四方山話(よもやまばなし)」です。時間は、90分間でした。高校の1コマの授業時間は50分ですので、聞いている生徒も大変だったのではないかと思います。また、ちょっと、歴史っぽい話になってしまったので、日本語の経緯とはイメージが違ってしまったのかもしれません。(2016年10月20日)

本年度、後期市民大学講座の第3回目講座を、今夜、2時間に渡り実施いたしました。4回シリーズの本講座では、「みんなで日本を学習しよう ~自然災害と日本人、そして対処の文化論~」というタイトルのもと、今日も、前回に引き続き、「『日本書紀』に記録された天皇不豫(ふよ)記事と自然災害観」の内容について、皆さんで学習をいたしました。そこで、古代の日本に於いて非常に気にされていたことがいくつかあります。その一つは、色彩に関わる認識です。古代日本では「白」こそが霊妙な色であり、特に地方の役人たちは、競って白い動物発見についての報告を都へ行ない、都人の歓心を買おうとしました。そこには陰陽五行説、陰陽五行色としての意味合いも、あったかもしれません。もう一つは、方角に関わる認識です。「日本書紀」には、方角に関する記述がたくさん記されています。その一つ一つには、そのことが実際に発生していた方向性を示そうとしていただけなのかもしれません。しかし、総体的にそれらを見た場合、そこには吉凶の判断や、政治・外交的な意図を読み取ることもできそうです。「地震波」のやって来た方向が分かった?というのは、すごいことだと思います。その真偽のほどは分かりませんが、古代日本人は、自然に対する感性がとても豊かだった様です。(2016年10月13日)

昨夜、市民大学講座の講師を務めました。いつもの災害対処の文化論シリーズとは違い、テーマは「日本酒の経緯と日本酒文化論 四方山話」でした。受講者の方々も、流石は酒どころの新潟県だけあって、酒豪揃い?です。米と水とを主原料として醸造される日本酒ですが、その醸造開始はコメの倭国への伝来以降であったものと、一般的には推定されます。酒には飲用用途だけではなく、祭祀や場の浄めといった目的にも使用されるという、神聖な側面もあります。日本酒も例外ではありません。日本酒と総称される酒ですが、古来より様々な製法や種類がありました。この講座では、そうした日本の酒の由来や文化を中心として、四方山話的に日本酒文化論を進めてみました。(2016年10月6日)

22日の木曜日に、NHK BSプレミアムの番組「英雄たちの選択」の収録作業を行いました。内容は、「上杉謙信による、究極の選択」、です。放送予定日時は、11月3日木曜日の20:00からです。どうか、ご覧ください。また、本年度、後期市民大学講座の第2回目講座を、昨夜、2時間に渡り実施いたしました。4回シリーズの本講座では、「みんなで日本を学習しよう ~自然災害と日本人、そして対処の文化論~」というタイトルのもと、昨日も、前回に引き続き、「『日本書紀』に記録された天皇不豫(ふよ)記事と自然災害観」の内容について、皆さんで学習をいたしました。昨夜は、神功皇后紀より清寧天皇紀にかけての部分を使用して、理解を深めました。古代日本人にとって、「」という色彩感覚は、特別な意味を持っていたようです。前回の受講者アンケートでは、ちょっと難解、というご意見がありましたので、なるべく原文を読むことは止めて、最初から現代語訳をした文章で説明をいたしました。(2016年9月29日)

本年度、後期市民大学講座の第1回目講座を、昨夜、2時間に渡り実施いたしました。4回シリーズの本講座では、「みんなで日本を学習しよう ~自然災害と日本人、そして対処の文化論~」というタイトルのもと、昨日は、「『日本書紀』に記録された天皇不豫(ふよ)記事と自然災害観」の内容について、皆さんで学習をいたしました。この講座では、私が作成いたしました『災害対処の文化論シリーズ Ⅰ ~古代日本語に記録された自然災害と疾病~』(データ版、製本版)を使用しています。受講者アンケートでは、ちょっと難解、というご意見がありました。古代日本語が素材ですので、中々、分かり難いのかもしれません。(2016年9月16日)

残暑お見舞い申し上げます!!新潟県上越市が、上杉謙信の愛用刀「国宝 無銘一文字(山鳥毛)」を、約3億2千万円で購入することを決めたそうです。税金投入のほか、市民や事業所よりも募金を募るそうです。それはそれで結構なことだと思います。ただ、バブル期ならば兎も角も、今は公的機関が高額な美術品を購入、所有して、展示、管理する様な時代ではないのかもしれません。上越市長は、「ふるさとへの愛着と誇りが高まり、まちの活性化につながる」とおっしゃっているそうです(「新潟日報」8月24日付け朝刊より)。こうした美術品を、社会教育の一環として市民へ公開する方法は、購入してしまうのが手っ取り早いのですが、今回の様に億単位ということになってしまうと、そう簡単なことではありません。この刀は、現状、個人所有になっている様ですが、交渉次第では、地元の博物館・美術館等の施設で企画展・特別展を開催する際に、一定期間、拝借する方法もあります。また、一定期間寄託をしてもらって、市民へ公開する方法も考えられます。必ずしも、常設展示をする必要も無いのかもしれません。この刀も、元々は岡山市内の美術館に所蔵されていたものが流失し、現在は個人蔵でありながら、岡山県立博物館に寄託された状態となっています。「費用対効果」、という言い方もありますが、同額のお金があるのならば、地域に関わる課題解決に使用する方法も、あるのかもしれません。上記の電子書籍、製本版は、随時内容を更新し、最新の知見を反映させております。(2016年8月25日)

暑中お見舞い申し上げます!!今の処、予報されている程の猛暑?ではないようですが。もうあと一週間程で立秋です。暦の上ではもう初秋です。さて、「韓半島と越国 ~なぜ渡来人は命がけで日本へやって来たのか~」と「災害対処の文化論シリーズⅤ ~ 浪分けの論理 水災害としての津波~」の内容更新を行ないました。一度、ご覧頂ければ幸いです。(2016年7月30日)

昨日、今上天皇が御退位の意向をお示しになった、との報道がありました。まあ、それはそれとして、客観的に見るならば、ご高齢のことでもあり、生きている人間としては納得の行くことなのかもしれません。しかし、それを国家の基幹に関わる制度として見た場合、非常に慎重にならざるを得ません。政府、与党の中にも天皇退位に対する慎重論はある様ですが、私もこの問題に対しては、或る程度の長い時間をかけて、じっくりと審議をするべきであると考えます。そもそも、原状では、天皇の職務の範囲は無用な程に拡大(解釈)されており、憲法や皇室典範に於ける本来の趣旨よりは、大きく逸脱している様にも見受けられます。天皇本来の業務とは、現代に於いては、宮中祭祀、並びに、行事を確実に執行しながら、それを後世に伝達することに尽きます。また、その血統を確実に次代へと繫げて行くことにあります。更には、自らが選択された学問領域に於ける追究を行なうことです。それが天皇家の存在価値であり、125代に至るとされる、王権に立脚した権威の源泉でもあります。
 無論、憲法に規定されている一部、国事行為への関与も行なう必要はありますが、その中に、内外各地への御視察、被災地への御見舞い、御観覧、各種イベントへの御臨席、海外へのお出まし(いわゆる皇室外交)等が包括されるとは考えられません。即ち、現実的に発生している内外諸課題や各種の要請への対応は、第一義的には内閣、総務省、外務省等が担当をするべきであって、それらを天皇、皇族の業務に位置付けるべきではありません。日本国憲法の第1条~8条までは、その全てが天皇、皇室に関わる条文であり、それらが、仮に形式的なものであるにせよ、天皇には非常に大きい権能が付与されていることが分かります。それらは、内閣に依る助言や承認、国会の議決に基づくとはいえ、天皇、皇族の行為に関しては、その責任の所在は内閣に在るとされます。つまり、若し、現在行なわれているような、国事行為には属さないものと解される上記の行為に就いても、何らかの失敗が出来した場合、それは、一般論として、内閣の責任として処理されるということになります。因みに、憲法第8条までが天皇に関する規定であるというのには、古代日本に在っては、「8」が聖数であったこととの、関連性を想起させます。
 現行憲法第5条には「摂政(せっしょう)」設置に関する規定があります。若し、天皇に病気、その他の障害が出来した際には、これを設置するべきであって、「退位」、で処理するべきではないと考えます。仮に退位で処理する場合、その判断は、いつ、誰が行なうのでしょうか?第一義的には、御本人と言う事にはなるのでしょうが、若し、それが恣意的な判断の許に行なわれた場合、それを阻止する装置は用意されているのでしょうか?歴史的に見るならば、天皇の退位、譲位は、その時々に於ける政治権力の意向や都合に依って左右されることが多かったのは事実でしょう。先日、参議院議員選挙が実施されましたが、そうした国政に関する自らの立場や権益を守る為に、悪意を持った内閣、与党が、「助言と承認」の手法を用いて、天皇退位を利用し、持ち出した場合、それをどの様にして阻止をするのでしょうか?取り分け、日本の皇室は、英国王室の様な独自の資産や可処分所得を持たず、その経費の全てを国費、即ち、税金に依って賄っていることも、そうした政治的介入に対しては、脆弱であると言わざるを得ません。また、天皇が退位した場合、歴史上では「上皇」となりますが、病状等が回復して、復活すること(重祚)は可能なのでしょうか?更には、いわゆる、「」となられた前天皇が、比較的自由な立場を利用して、現天皇に対し、「院政」を行なう様なことは、絶対にあり得ないことなのでしょうか?
 この問題を巡る課題は、皇室典範を改正するだけに止まらない、大きな問題を日本人に突き付けています。(2016年7月14日)

市民大学講座の第4回目講座を昨夜、2時間に渡り実施しました。市民大学前期4回シリーズの最終回に当たる本講座では、京都府、京都市内に所在する寺社、史跡等を中心として、小林が撮影をした画像をプロジェクターに投影しながら、レジュメを参照しつつ、実際の画像を見て「京都学」の学習を行ないました。それらは必ずしも観光地ばかりではないのですが、具体的には、鹿苑寺、慈照寺、御土居、丹後半島、晴明神社、八坂神社、清水寺、坂上田村麻呂の墓所、離宮八幡宮、大山崎山荘美術館、石清水神社、寺田屋、光悦寺、源光庵、御香宮神社、伏見稲荷大社、下鴨神社、蘆山寺、上賀茂神社、豊国神社、方広寺、耳塚、醍醐寺、大覚寺、野宮神社、二尊院、月の輪田等です。単なる観光案内に留まることなく、それらに如何なる文化的意味が有り、我々の生活文化へどの様な影響を与えているのかに就いても、分かり易く解説を行ないました。さて、災害対処の文化論Ⅱ、災害対処の文化論Ⅲ、データを更新致しました。ご覧頂ければ幸いです。因みに、今日は七夕です。日本の年中行事としては「乞巧奠(きこうてん)」です。すなわち、中国大陸より伝播した、牽牛、織女伝承が、平安時代に宮廷行事として整えられ、当初に於いては、女子が染色、楽器演奏、詩歌等の上達等を星に祈る「女子のお祭り」でした。残念ながら、新潟県では、今夜、天の川が見れそうにありません。(2016年7月7日)

市民大学講座の第3回目講座を昨夜、2時間に渡り実施しました。夜間にも関わらず、約50人の受講者の方々は、とても熱心に聞いて下さいました。テーマは「上杉謙信と京都 ―「上京(じょうきょう)」の源流! なぜ武士は都をめざすのか」です。京都は1,200年間に渡り、首都で在り続けたばかりではなく、武士、取り分け、戦国の大名にとっては、特別な意味を持っていました。その特別な意味や、彼らを引き付けたものとは、一体何であったのか。本講座では、室町・戦国時代の大名が上洛(上京)することには、如何なる経緯や政治的、文化的な背景があるのかを、受講者をも巻き込みながら、分かり易く解説を行ないました。特に、今回は、越後国の戦国大名であった上杉謙信、上杉氏を事例としながら、検証作業を進めました。途中では、ワイドショーで放映された、京都の老舗日本蕎麦店「尾張屋」さんの映像をも使用しながら、楽しく?講座を進めました。(2016年6月30日)

市民大学講座の第2回目を昨夜実施しました。テーマは「「ややこしい」人間関係 ―「行けず」な文化と侍の進出」です。京都に住む人々は、自らの殻に閉じ籠もり、取り分け、外部よりやって来た人々に対しては、閉鎖的な態度に出ることもあるとされます。そうした姿勢は、「行けず」という表現法で表され、時として、意地悪で、悪意を持ち、嫌な人々である、とした認識で、京都人以外の人々には受け止められることも有ります。しかし、それは本当なのでしょうか?色々と、横道にそれてばかりいて、半分ぐらいのところで、丁度、時間(講演時間2時間)が来てしまいました。残りは、また来週です。さて、共著書を出しました。タイトルは『古代史研究の最前線 日本書紀』(株式会社 洋泉社、定価¥1,600)で、私は第3章(『日本書紀』をめぐる諸問題)を担当致しました。宜しければ、是非ともご覧ください。(2016年6月23日)

市民を対象とした、市主催による、本年度前期市民大学講座がスタートしました。4回シリーズの初回に当たった昨夜の講座では、2時間に渡り、「平安京と京都 ―住めるわけがない、京都」というテーマで学習をしました。大学での、比較的若い人たちを対象にした授業とは違い、寝ていたり、スマホでビデオを見ている様な受講者はおらず、また、質問等もあり、講師の側としては、やりがいがあります。(2016年6月8日)

災害対処の文化論Ⅳ、データを更新致しました。ところで、6月30日は、大祓、茅の輪の祭り、夏越の祓の日です。私も、近隣にある弥彦(やひこ)神社より、紙製の人形(ひとがた)を送ってもらい、一連の儀式を行った後、同じ神社へ返送しました。初穂料も送金しましたし、あとは茅の輪が送られて来るのを待つだけです。お蔭様で、1年の前半期も、何とか無事に過ごすことが出来ました。(2016年6月5日)

昨年12月に開業した仙台市地下鉄東西線荒井駅の地上にあるロータリーには、浪分けの桜の木が1本植えられています。未だ植えられて間もない若い木ですが、当駅のシンボルツリーとして育っています。それは、当駅より南西方向に、約2キロメートルほど行った場所に在る「浪分(なみわけ)神社」にまつわるものとして、植樹されたといいます。浪分神社とは、仙台市若林区霞目にあり、江戸時代元禄年間に浪分大明神として、「その場所」へ創建されたとしています。「その場所」とは、「慶長の三陸沖地震」による津波が止まった場所、つまり、津波浸水線の表示であったのです。同社は結果として、その指標のために、後世の人々に対する警鐘として建設されたものであったのです。寺子屋などの教育機関も普及し、時期的には既に、文字認知も進み、庶民も読み書きができた時代でしたが、この浪分神社は、「見て直ぐに、誰でもがその危険性に気付く」ことを重要視した、一種の災害遺構の原型であるとすることがきます。また、本日は調査先の宮城県より新潟県へ、自動車を運転して帰る国道上で、対向車線(新潟県方面より)陸上自衛隊第6師団(山形県東根市)所属の車両と、恐らくは、200両程度すれ違いました。そして、途中の「道の駅いいで」では、休憩する隊員の方を見受けました。もちろん、熊本県への災害派遣の帰りの皆様です。大変、お疲れ様でした。有難うございました!!!(2016年5月1日)

九州中部に於ける震災発生に関しましては、心よりのお見舞いを申し上げる次第でございます。今回の地震では、震源部が熊本市付近より、徐々に東北方向へ移動している様にも、見受けられます。この地域よりは、歴史地震学的には、文禄5年・慶長元年(1596)閏7月9日に、東経131.6度、北緯33.3度を震央としたマグニチュード7.0の地震発生を想起させます。主な被災地は豊後国(ほぼ現在の大分県域)であり、この時の地震では高崎山が崩壊し、海水が引いた後に大津波が押し寄せ、別府湾沿岸で家屋流出等の被害を発生させた上、「瓜生島」の約80%が陥没して、死者708人を出したとされています。いわゆる、「瓜生島沈島伝説」の元となった地震です。丁度、時期的には豊臣秀吉の治世末期に当たります。エスパニャ商人アビラ・ヒロンに依る「転訛してハポンとよばれている日本王国に関する報告」の中には、当該地震や、その後に起こった被害に就いて、その正確さは留保するものの、一定の記述を残しています。その第六章(1596年)に依ると、「九月四日、非常に激しい地震が始まり、幾時間か続いた。その後弱まったり、強まったりして幾日か続き、こうして、強弱の差はあれ、毎日毎夜ゆれ止まなかった。それは日本全土にわたる地震であった。もっともところによって、他の土地より一層はげしく、被害を被るということはあったが。なぜなら、日向の国(豊後国の誤り)では、上浜(Humfama)という一つの町は水びたしになって、人家は跡形もなくなったばかりか、その後海まで湖ができたので、そこを船で往来したし、現在も船が往来しているからである」として、豊後国上浜(沖の浜)が当該地震の発生に依って海中に没し、その後に於いても、陥没した陸地が回復することが無かったことを記す。但し、現在、この沖の浜に該当する地区は見当たらないとされるので、当該地震に依って陸地先の津であった沖の浜は水没し、その後に於いても、回復することも無かったのであろう。尚、詳しくは、上記③「災害対処の文化論シリーズ Ⅱ ~室町~織豊期の地震災害と対処の文化~」をご覧ください。(2016年4月16日)

旧暦の4月8日は、日本の年中行事的には何の日でしょうか?キリスト教で言うところのクリスマスです。つまり、お釈迦様の生誕をお祝いする祝祭日です。ただ、現在の日本において、広く一般的に行なわれているお祭りかと言えば、お寺を除いては、そうでもないでしょう。そこが、クリスマスとは大きく異なる点です。日本の年中行事には、中国大陸長江中流域発祥のものが比較的多く、それが韓半島経由で、一旦、日本宮廷の行事として平安時代に整備され、その内の一部分は、一般民衆の行事として行なわれる様になって行きました。いわゆる「お花まつり」もそうした経緯で広まって行ったものと考えられます。正式には「灌佛会(かんぶつゑ・え)」、すなわち、灌佛台と言われる仏像を載せる台を用意し、そこにお釈迦様のお姿を模した像を安置して、それに、五色の水をかけ、その生誕をお祝いしたのが、日本宮廷における「お花まつり」でした。甘茶ではなく、五色の水、と言うところがポイントかもしれません。五色とは、白、黒、青、赤、黄の陰陽五行色に発した色彩感覚であるものと推測されます。何れにしても、中国の思想的背景が濃厚な仏教上の祭礼です。(2016年4月10日)

新年度が始まりました。「年度」という時間的な区分は、そもそも、近代に入って以降、英国の会計年度の影響を受けて広まったとされる習慣です。四季の存在が明確な日本にあっては、12月~1月にかけての、暦の上での新年では、余り明確な季節感の差異が無かったこと、そして、何よりも、ただでさえ忙しい年末、年始の時期に、学事や人事に関わる節目を設定すること自体を避けたものと考えられます。もともと、4月1日は、日本の年中行事の上では「更衣(こうい)」の日に当たり、季節、生活習慣の変わり目としての位置付けです。更衣とは、衣服のみならず、室内の様子(室礼)をも夏向きに変えるものですので、10月1日にも行ないます。ただ、旧暦ですので、太陽暦の今日ではありません。ところで、「四月朔日(4月1日の意味)」さん、という姓がありますが、読めるでしょうか?比較的、北陸地方に多く分布するとされています。(2016年4月1日)

宮城県石巻市にある旧大川小学校の校舎について、同市はこれを「震災遺構」として、その全てを保存する方針を決めたという。同校では、東日本大震災の津波に於いて、多大な人的被害を被ったのである。それは、心情や、感情、更には、後世の人々に対する伝達責任・義務と言った要素が重なり合う重い課題であり、善悪、好き嫌い、といった価値判断で解決されるべき問題ではないのであろう。元々、大きな災害の発生間隔、いわゆる、「間災期」が、日本海沿岸部地域と比較して短い当地に於いては、前回の被災状況を、次世代に、誰でもが分かる形で伝達することは、一つの命題であった。それは必ずしも、目に見える形のものだけではない。言語的・非言語的手法、また、可視的・非可視的手法である。伝承、語り部による語り継ぎ、標語、津波記念碑、地名等である。今でも、当地では、新たな津波記念碑の建立が相次いでいることは、ネット社会になっている現在に於いても尚、見て直ぐに、誰でもが理解可能な状態にしておくことの重要性が認知されている結果なのであろう。こうした課題は、私が研究している「災害対処の文化論」に於ける、主要な検討テーマでもある。(2016年3月26日)

今日の新潟は、雪交じりの強風が吹いています。さて、受験シーズンも終盤、その意味では、神社や寺の出番も少なくなって来ているのかもしれません。受験生が合格祈願の為に、神社や寺に奉納する絵馬ですが、通常は、お願い事を書き、その場所へ置いて来るものです。ただ、お願い、希望、願望ですので、必ずしも、良いお願い事ばかりとは限りません。元々は、他人を貶(おとし)める、呪符(じゅふ)としての使用法もあったものと考えられます。裏面(絵などが描かれている面)には、その神社や寺に特有の画像、その年の干支などを描いていることが多いようです。それ故に、それをコレクションとして収集する人たちもいます。新潟県柏崎市の「閻魔通り(えんまどおり)」にある「絵馬と土鈴の館 絵馬憧(えまどう)」では、日本全国より収集した絵馬が、その壁面におびただしく飾られています。種類ごとに分類されているので、分かり易いです。館主によれば、最近では、おみくじもそうですが、絵馬も大量生産品が多くなり、趣深いものは少なくなって来ているそうです。また、お茶(お酒)付きの、館主による説明もあって、その方面にご興味のある方には、参考資料としての希少性はあるのかもしれません。(2016年3月24日)

韓半島と越国、災害対処の文化論Ⅴの内容更新を行ないました。今日は、箱根でも20cmぐらいの積雪があったようですね。もうだいぶ以前になりますが、4月に入ってから、新潟県より自動車を運転して箱根へ行きました。勿論、既にタイヤはスタッドレスタイヤより普通タイヤに交換済みです。ところが、箱根に近づくに連れ、雪模様に。直ぐに近くのカー用品店でタイヤチェーンを購入して装着。未だその頃は車の事が良く分からなかったので、何と、駆動輪ではない後輪にチェーンを着けてしまい、全く、無意味な作業をしてしまいました。新潟は雪国ですが、新潟の人は、余程の積雪ではない限り、冬季にもタイヤチェーンは着けません。関東地域に積もる雪は、雪になるかどうかの、高い気温で雪になるので、雪道に慣れている筈の新潟県人でも怖いです。(2016年3月14日)

 災害対処の文化論シリーズⅤ、遂に完成!!本日販売を開始いたしました。災害遺構の存否を巡る問題、神話や説話、伝承、そして、地名に込められた、かつての水災害の痕跡とは何か?再び被災しないために、それを人々は、どのように利用して来たのか?日本の沿岸部のあちこちにある小高い築山は何のため?津波災害を始めとした、「水災害」に向き合って来た、日本の記録です。ぜひ、ご覧ください!!なお、本ページの販売ボタン(緑色)は、パソコンによっては、反応しない場合があります。申し訳ありません。恐れ入りますが、その場合には、本ページに掲載してあります、それぞれの本の専用URL(青色)を検索エンジンにコピペしてご利用ください。スマートホンなどの販売ボタン(緑色)は、正常に作動いたします。(2016年3月1日)

 
昨夜より、本ページよりの、購入ボタン(緑色)を使った電子書籍製本版の購入ができなくなっております。緑色の購入ボタンを押しても、反応いたしません。ただいま、復旧作業をいたしております。ご迷惑をおかけいたしますが、しばらく、お待ちくださいませ。尚、それぞれの本の専用URL(本ページに掲載した青色のもの)や、スマートホンよりは、通常通り、ご購入いただけますので、お急ぎの方はそちらをご利用ください。また、「DLmarket」よりのデータ版は、通常通り、販売をいたしております。(2016年2月22日)

 災害対処の文化論シリーズⅠ~Ⅳの内容更新を行ないました。また、シリーズⅤ(浪分けの論理、水災害としての津波)は、来たる3月1日発売開始予定です!!

 大学の後期日程も終盤に差し掛かり、それぞれの科目受講者の成績評価を決定する時期がやって来ました。教員が、頭を悩ませる時期でもあります。私が学生の頃の大学の先生には、未だ権威があった?ので、成績のつけ方など、直接聞けるような雰囲気ではありませんでした。聞いたら最後、学生のくせに生意気だ、なんていうことになって、C(可)評価にされてしまった、などという話もたまに聞きました。勿論、今ではそんなことはありませんが。最近では、大学での成績評価方法も、GPA制度等、それまでの絶対評価より、相対評価に変更されつつあるので(文部科学省の意向?)、成績の計算に、それまで以上の労力と時間がかかるようになりました。それは仕事なので良いのですが、以前では、極端な場合には、受講者全員S(秀)とか、C(可)とかといったこともあり得ましたが、現在ではそうはなりません。Sが何パーセント、Aが何パーセントという風に決められています。従って、全部授業に出席して、試験もちゃんと受けたのに、何でSではなく、Aなんですか?という受講者よりの質問もあります。授業への出欠自体は、試験を受けられるか、どうかの資格要件を調べるだけの材料なので、基本的には成績に反映しませんが、学生にとっては、そうでもないようです。高校までは、みんな競争だから、という気持ちを持っていたので、自分の成績についても納得しやすかったのですが、大学の成績は、取りあえず授業にさえ出ていれば、授業中にスマホで動画を見ていようが、音楽を聴いていようが構わない、つまり、競争なんて無いのでしょ、という考えの若い受講者(社会人学生ではない、という意味)が圧倒的なので、競争心理を持って学習に臨んでいる学生なんて、先ず大衆化された、一般的な日本の大学では、少ないです。ただ、大学を卒業して、いったん一般社会に出れば、そこは生存競争の社会なので、社会人になるための訓練として、大学でもそうした競争原理が正常に機能する様になることは、良いことだとは思っています。(2016年2月13日)

 雪国に住んでいると色々なことが起きます。雪道で滑って転ぶことは先ずありませんが、いわゆる「しっぱね」(自動車などが跳ね上げる雪交じりの汚い水)を浴びてしまうこともあります。歩行者としての私は、持っている傘で防衛する様にしています。勿論、法的には歩行者にしっぱね等をかけることは違反行為ですが、歩行者のことなど気にせずに行ってしまうデタラメな車も多く見かけます。私も車を運転しますが、歩行者の近くを通る時には、減速して、しっぱねをかけない様に気を付けています。また、先日は、隣家のおじいさんが、自分の家の屋根雪を、私の家の屋根に放り投げていました。まあ、どこにも非常識な人はいるものです。ところで、災害対処の文化論シリーズⅠの内容更新を行いました。掲載写真のサイズも、見やすくするために、大きく致しました。今回より、コンビニ決済も導入致しましたので、是非、ご利用ください。(2016年2月1日)

 災害対処の文化論シリーズⅢの内容更新を行いました。是非とも、一度ご覧ください。今後とも、電子書籍内容のより一層の充実に努めてまいります。(2016年1月27日)

 昨日より、暴風雪です。当地では、なかなかホワイトアウト状態になることは珍しいです。JR線、路線バスは勿論、一般道路、高速道路ともに通行止めか、大渋滞です。現時点で、新潟県柏崎市の積雪は53cmですが、実際には吹き溜まったりするので、地上では1m近い積雪になっています。雪道走行には慣れている当地のドライバーですが、吹き溜まりにはまったりして、市街地でもタイヤチェーンが無いと、走行は危険な状態です。大学の授業も、全て休講になりました。2015年12月22日条でも書いた様に、やっぱり、初雪の遅い年は、大雪になってしまうのですね。(2016年1月25日)

 とにかく、雪国(新潟のことですが)に雪がありません。12月22日条でも書きましたが、その時と状況はあまり変わっていません。それはそれで、生活をする上ではあり難いことなのですが、本当にそれで良いのでしょうか?スキー場にだけは降って欲しいところですが、それもままなりません。少雪の影響は、直接的には今夏の関東圏での水不足が懸念されるところですが、それだけではなく、農業への悪影響もあるかもしれません。米農家の方は、雪も水田に稲の生育に必要なミネラル分をもたらしてくれるので、ある程度の降雪が無いと、却って困る、とおっしゃっていました。水田表土における熱収支の面よりも、少雪状況は自然の流れを妨げているのかもしれません。また、雪は雨とは違って、ゆっくりと融けて、必要な水供給を適切なペースで行なってくれるので、積雪は天然ダムであり、「水循環」という観点よりは、それ自体が天然資源であって、自然にとって好ましい自然現象です。過度の「暖冬少雪」も、私が研究しているところの「自然災害」の一つに入れることができる様になるのかもしれません。沿岸部である当地にも降雪はあることにはありますが、雪になるギリギリの温度(4度ぐらい)で降ってくるので、重たく、べチャッとした雪です。スキー場的には、悪い雪質です。雪質が悪いとスキー板などの先端部分が雪にひっかかり易くなってしまい、骨折など、ケガをしやすくなります。私も、中学生の時、広島県北部にある芸北高原大佐スキー場でサークル活動のスキーをしていて、骨折をしたことがあります。その時も、この様な悪い雪質でした。雪国と呼ぶことのできる場所は徐々に北上して行き、遂に新潟も近い将来には、雪国ではなくなる可能性が高いのかもしれません。既に、庭のフキノトウは花が咲いてしまい、天婦羅や、フキ味噌にはできそうにありません。(2016年1月21日)

 大学入試センター試験が始まりました。受験生の皆様はお疲れ様です!!監督者の皆様もお疲れ様です。初日最後の英語リスニング試験は受験生も大変ですが、監督者も針の筵(むしろ)に座ったような試験時間です。プレーヤーとは言え、所詮は機械なので、不具合を起こすこともあり得ます。そうなると大変なことになります。大学入試センターより配布されるマニュアルもありますが、なかなか2回や3回読んだだけでは、理解が進まないこともあります。勿論、事前の予行演習も相当な時間をかけて周到に行いますが、実際の試験となれば、緊張もしますし、また予行演習とは事情も違ってきます。机間巡視も禁止されているので、監督者も定位置での見守りということになりますが、何事も起きないで試験終了時間を迎えると、実は監督者もほっとします。私も一応、教員ですが、入学試験自体にはそれほどの価値を認めていません。無論、学習や競争は必要ですが、それが大学教育では、余り上手く機能はしていない様に感じます。それよりも寧ろ、卒業要件を厳格に、厳しく運用した方が学生自身や、社会の利益にはなると思います。一旦大学に入学してしまうと、学習の目標を持っていない多くの学生は一応の勉強(試験直前)はしますが、それを除けば如何なものでしょうか?大学の中では、中々自分で学習の到達目標を決めにくいという事情もあるかもしれません。しかし、日本語運用能力が、留学生よりも低い日本人学生というのは、いったいあなたはどこの国の人ですか?と質問したくなります。今では疎外されつつある一般教養教育の充実や、日本語運用能力の向上は急務であると思います。受験的な学力はあるのに、「世間話」がまともにできない、ごく普通の会話が続かない、そうしたところから改善を始めなければならないのが、現在のごく一般的な大学教育です。「世間話」をしようと思ったら、意外と高度な知識や、経験、センスなどが必要なことに気付きます。(2016年1月17日)

 
日本企業にとっての創業「100年の壁」が大きいことは、12月27日の項でも記しましたが、それでもなお、日系企業の中には、その創業が100年以上前にまで、さかのぼることのできる「老舗」企業が、約21,000社もあるとされています。ただ、この100年という時間にも、大きな地域差があるようです。東京は、日本の中では比較的新しい都市ですが、創業より50年もたてば、「老舗」であると言っても、誰も文句は言わないでしょう。テレビなどでは、20年でも老舗と表現しています。ところが、古くからの都市である京都などでは、50年、100年は、昨日、今日のレベルであって、決して老舗とは言いません。そこでは、創業400年以上が、老舗のであることの一つの基準とされているようです。つまり、「江戸時代」に創業された企業は、老舗ではない、という認識です。これには、単に、京都が平安京以来の古い都であるという自負だけではなく、伝統的「東国観」や、都市としての江戸に対する蔑視観が反映されている可能性もあるかもしれません。寺社建築の「金剛組」は、ギネスブック級の古参企業であるとされています。同社HPによれば、創業は西暦578年としていますから、もはや、老舗の域を超えています。百済国(くだらのくに)から3人の工匠が倭国に招請され、そのうちの一人であった金剛重光が「金剛組」を創業したとされています。金剛重光とは、いささか日本人風の呼称ですが、元々は「金さん」であった可能性もあるかもしれません。何れにしても、1,400年以上に渡って一つのことを継続させることは、想像を絶することですが、そうした渡来人(倭国にとっての外国人定植者)たちの活躍があってこそ、古代日本国家や、その後における日本文化の形成が進んで行ったこともまた、事実でしょう。ところで、今日は、「七草粥」の日です。もちろん、本来は旧暦ですので、太陽暦の今日ではありません。それはともかく、「七草粥」自体も、元々は中国長江中流域における「人日(じんじつ)」(人を占う日)に起源を持つとされています。中国大陸より日本へ伝わった行事は、一旦、日本宮廷で取捨選択されて、整えられ、更に日本や日本人の嗜好に合うように改造され、後にそれが民衆の行事となって広まって行く、そうした年中行事は多いです。節分、お花まつり、端午の節句、七夕、お盆、重陽節なども、そうした経緯で、日本の行事として定着しました。中国梁の宗懍(そうりん)が著した「荊楚歳時記(けいそさいじき)」(6世紀半ばごろ成立)には、そうした日本の年中行事の原型が見て取れます(東洋文庫324)。(2016年1月7日)

 新年早々、いささか、上から目線の様で大変恐縮なのですが、世の中には、いわゆる、「センスの良い人」と、そうではない人の2種類の人がいるように思います。ここで言うところのセンスとは、容姿、外見だけではなく、もっと総合的なものの見方です。これは、学校の成績だとか、学力、学歴とはほとんど関係のない、処世術みたいなものです。それは、ありとあらゆる場面で発揮され、センスの良い人と、そうではない人との差が歴然として表れてきます。たとえば、切符を買う時、勉強をする時、自動車を運転する時、会話をする時、食事をする時、何かの計画を立てる時、物を片付ける時、会議をする時、などなど。センスの良い人は、言わば、要領が良いので、傍目に見ていても、得をすることが多いように思えます。一方では、ズルい面もあるように見えますが、彼らは決して常識外れであったり、ルールを守らないものではありません。センスが良ければ、時間的にも、金銭的にも得をする確率が高いと言えます。ある場合には、センスが良いだけで、命びろいをすることすら、あるかもしれません。そうした「センス」とは、親や学校の先生など、他人から教えてもらうものではなく、自分自身のアンテナの感度であり、それを良くするも悪くするも、本人次第でしょう。センスの良い人は、共通して、常に周囲の動向に敏感で、臨機応変です。周りで何が起こっていようが、我れ関せず、という方針の人にセンスの良い人は少ないような気がします。有名大学を卒業して、著名な職場で働いている人の中にも、センスの良くない人はたくさんいます。また、その反対バージョンもあります。センスの良い人は、接していて気持ちが良いです。相手の気持ちを思いやることが出来る余裕を持っているので、相手を不快にさせることは、通常はありません。その反対に、センスの良くない人は他人をイライラさせ、また、怒らせたりもします。しかも、それは故意ではなく、自然とそうしてしまうので、なかなか、注意しにくいです。そうした人と接しなければならない時には、仕方が無いので、最初から諦めます。ただ、センスは先天性のものではなく、本人の努力次第で、いくらでも向上させることが可能です。私も、今年はそうしたセンスの向上につとめたいと思ってはいるのですが。(2016年1月3日)

 謹賀新年!!今年も、独り言をつぶやきたいと思います。大晦日の夜、今年は紅白は見ない、と言いながらも、やはり紅白歌合戦を見てしまいます。森進一も今年を最後として、紅白を卒業する由。松田聖子が紅白でオオトリをつとめるなんて、赤いスイートピーを歌っていた頃には、想像することもできませんでしたが、時間の流れを感じさせます。(2016年1月1日)

 京都府大山崎町にある大山崎山荘美術館は、天王山の麓に佇む山荘風の建物です。元々は、実業家加賀正太郎氏によって営まれた英国風山荘でした。しかし、時の流れと共に維持することが困難となり、1996年、アサヒビール株式会社が運営する企業出資の美術館として出発しました。クロード・モネの「睡蓮」3連作を常設展示していることでも知られています。企業が、本業とは異なる社会、文化活動に携わることは、現在では珍しくは無くなってきています。それは、本業で上げた利益の一部分を社会貢献の為に還元するという発想に基づくものです。こうしたことは推奨されるべきことでしょう。企業側にも、そのイメージを高めるという一定の効果は存在します。ただ、こうした企業や篤志家の方々による美術館、博物館の場合、確かに収蔵、展示されている作品は著名な作家のものであり、しかも高額な作品であることが多いのは事実ですが、その反面、公立の施設の様な体系的な収集思想や、取捨選択に基づいた収集活動が行われていないことも多く、博物館、美術館の持つ社会教育的側面よりは、考慮すべき面もあるのかもしれません。また、「老舗」企業の多い日本ですが、それでもなお、「100年の壁」は大きいと言わざるを得ません。つまり、業績好調の時には問題がありませんが、窮地に陥ってしまったような場合には、せっかくの収蔵品が再散逸してしまう可能性も、全く無いわけでもありません。大山崎山荘美術館の収蔵品の中核をなすものには、朝日麦酒株式会社初代社長であった山本爲三郎氏の個人コレクションが充てられています。氏は「民藝運動」の支持者であったとされ、当館収蔵品には河井寛次郎氏や濱田庄司氏による「名品」も含まれています。「民藝運動」と「印象派」、どちらも興味深いテーマではあります。(2015年12月27日)

 新潟には今日現在、積雪がほとんどありません。越後湯沢も六日町もさっぱりです。新潟の人が良く言うことに、「スキー場にだけ降れば良いのに!」という言い方があります。そのスキー場のゲレンデにすら、ほとんど雪は積もっていない状況です。積雪が無いことは、生活する上では良いのですが、やはりその季節なりの状況というのが、地球には優しいようです。週間天気予報によると、今週末には降雪がありそうですが、最高気温が4度以下には下がりそうにないので、日中は冷たい雨や霙(みぞれ)かもしれません。積雪が少ないと、次の夏には水不足が懸念されます。私が子供の頃には、12月~2月にかけての時期に、あまり雨が降っていたという記憶がありません。降るとすれば、それは雪です。ここ数十年だけを切り取ってみても、冬場の新潟は確実に暖かくなっているようです。勝手に気象予報士によれば、今年はこの時期にガメ虫が多いので大雪だとか。本当の気象予報士の予想によれば、やはり暖冬小雪であるとか。私の経験則的予報によるならば、初雪の遅い年は、その後大雪になりやすい様な気もします。(2015年12月22日)

 寒い季節になりました。ということは、日本酒の美味しい季節であるとも言えます。勿論、現在では、「蔵」というよりも、オートメーション化された、衛生的で、近代的、きれいな食品工場の中で、一年を通じて安定的に醸造し、市場に安定供給することができるようになっています。本来、日本酒は季節商品であって、電気設備の無かった時代には、厳冬期にしか造ることができませんでした。それでもなお、「腐造」の事故も発生したりして、気を抜くことのできない、集中力を必要とした作業でした。それ故、特にこの時期、女性が醸造蔵の中に立ち入ることを忌避した習慣、いわゆる、「女人結界」(女子立ち入り禁止)が成立していました。日本文化論的視点では、それは、男尊女卑の陋習などよりもたらされた習慣ではなく、「気を抜けば大損害につながるかもしれない作業場での、男性作業員(蔵人)組織の結束力や集中力を維持する」ための方便でした。「女性には生理があるから、つまり、ケガレの対象としての「血」につながるから」というのは、飽く迄も、誰をも納得させるための口実に過ぎませんでした。さて、私が日本酒の本場である新潟の醸造蔵100社の中より、これは良いなあ!!というお酒を一つご紹介します。ただ、日本酒も嗜好品である以上、美味しい、美味しくない、のご判断は、皆さんにお任せします。それは、新潟県長岡市和島にある久須美酒造さんのお酒「清泉(きよいずみ)」です。最近では、淡麗辛口が新潟清酒の定番の様になっていますが、その中にあっても、これは穏健派といえる存在であり、味はまろやかで、さわやかな風味を醸し出しています。さっぱりとしていて、肉料理にも合いそうです。大吟醸酒の「亀の翁(かめのお)」は、ねっとりとした深みのある味わいが特徴的で、日本酒とは思えない、熟成度を保っており、そのお酒としての完成度の高さには、非常に驚かされます。(2015年12月17日)

 橋梁等での耐震補強工事に関して、阪神淡路大震災後に、橋脚へ設置された安全装置の溶接部分で、意図的に手抜き工事が行われていた箇所が、45都道府県で556箇所も存在することが判明し、手抜き工事を行なっていた企業は12社に及ぶことが明らかになった、というニュースが報じられた。通常の通行では問題は無いものの、震災時には、最悪の場合、落橋を防止することが出来ない可能性もあるという。先日話題となった、マンション基礎工事に於ける杭打ち工事のデータ改ざん、手抜き工事発覚の際にも、「日本人のモラルはどこへ行ったんだ!」と言っていたコメンテイタ―が何人もいた。しかし、よく考えてみれば、誰の目に触れることの無い部分で、手抜きをしたくなるのも道理ではある。ましてや、それがコストカットにつながるとするならば、なお更のことではあろう。それはモラルなどの問題ではなく、人間としての自然な思考の流れであるのかもしれない。本ブログの「11月29日」の記事でも書いた様に、それは「本音と建て前」につながる、日本人の深層心理であるのかもしれない。自分に関係が無く、「表沙汰」にさえならなければ、それはどうでも良いことなのである。日本人が他人の視線を気にすることに就いて、それを武士の出現、つまり、平安時代中期にまで求める考え方もある。武士は野蛮であり、教養もないし、すぐに怒る。従って、彼らの機嫌を損ねない様、「保身」の為に彼らの目を気にする必要性が生じるようになったとするものである。日本人が、今でも相手との適切な空間(パーソナルスペース)を維持したがるのは、そうした過去の記憶が遺伝子の中に刷り込まれているからである、とするのである。例えば、列に並ぶことは、社会秩序を守るためでもあるが、その一方では、相手との一定の距離を保ち、トラブルなど、身に降りかかるかもしれない危険を回避するために行なわれるようになった保身行動なのかもしれない。大陸出身の人が、比較的列に並ぶことを嫌い、割り込みをするのは、彼らに秩序が無いからではなく、並んでいても仕方がないからであり、先に行けば、何か良いことが期待できるからである。それは、そこで生きて行くための「生存競争」なのである。広い空間を持つ大陸に於いて、同じ場所、広い場所で、長時間もたもたとしている事の方が襲撃対象となり易く、「目立って」しまい却って危険であり、それを回避する割り込みこそが、彼らの遺伝子に組み込まれた保身行動であるのかもしれない。(2015年12月16日)

 メールでご紹介を頂いた電子書籍があります。ジョン・金井氏による「そうだったのか!ニッポン語ふかぼり読本」です。同氏は、独自の視点や興味に基づき、日本語にまつわるあれやこれや、とてもためになるお話をこの本に収載しています。例えば、日本→「にっぽん?」、「にほん?」など、興味深いお話満載です。私も購入して拝読しましたし、知り合いにも、紹介をさせて頂いております。Amazonより購入することができますので、いかがでしょうか。さて、今日の新潟は温暖で、穏やかです。当分、降雪は無さそうです。子供の頃には、早く雪が積もらないか、大雪にならないかと、首を長くしていましたが、今では逆です。ただ、やはり季節どおりに、降るべき時には降るべきものが降ってくれないと、生活する上では快適で良いのですが、今後の農業への悪影響や、来年夏の水不足につながったりもして、とても心配です。やはり、二十四節気どおりの季節の運行が、地球には優しいようです。(2015年12月12日)

 今日の新潟は、曇っていますが、この時期としては割と穏やかな天候でしょう。ところで、昨日の夜、大事件がありました。ところが、そのことを話しても、なかなか信用してもらえません。昨夜19:30過ぎ、帰宅の為に歩いていたところ、南側の空が急に明るくなり、何かの「発光物体」が火花の様な尾を引きながら、落下して行くではないですか!!方角としては、東側より、南西方向に向かって落下して行く様に見えました。高度はよく分かりませんが、およそ、2~3キロメートルといったところでした。あのまま落下したのであれば、長野県北部付近に落ちたのかもしれません。音は全くしませんでした。私は、てっきり、飛行機の墜落か、ミサイル攻撃だと思ったぐらい、その物体は明るく、また、大きく見えました。通常の星や飛行機ではありません。きっと大ニュースになっていると思い、すぐにテレビをつけましたが、全然話題にはなっていません。今日の新聞にも、該当する記事はありませんでした。あれは、錯覚だったのでしょうか?でも絶対に、誰かがスマホのカメラで撮影してくれていると期待しているので、その投稿を待つことにしましょう。ところで、室町時代に書かれた、京都醍醐寺三宝院の住持の日記「満済准后(まんさいじゅごう)日記」応永(おうえい)26年(西暦1419年)7月19日の記事として出現する、名古屋の熱田神宮での「大ナル光物」、つまり、発光物体の同社への落下事件も、当時の人々は、私のような驚きをもって、見ていたのでしょうか。日本のみならず、世界史的にも、彗星の出現、隕石や隕鉄、火球の落下は凶兆、すなわち、近い将来に何か悪いことが発生する前兆現象として認識されて来ました。「満済准后日記」の記事の時にも、「応永の外寇(がいこう)」という、外国(李氏朝鮮軍)よりの軍事攻撃事件(九州の対馬)があって、日本国内は騒然とした状況でした。それとの関連で、熱田神宮への落下事件も認識されていました。今回も、何か悪いことが起こらない様に、祈っています。(2015年12月10日)

 昨日に引き続いて、本日の新潟は、相変わらずの暴風雨です。東京ならば大事件ですが、当地では当たり前の、この時期に特有の光景です。ところで、日本の地名や、人名(特に苗字)に就いて、お問い合わせを頂くことがあります。災害文化史を調べている関係上、私も地名に関しては良く調べますが、漢字は表意文字であるので、その土地の来歴を地名に刻むことは良く行われて来ました。特に、江戸時代以前には、そうしたことが良く行われていたようです。それには、識字率の問題が大きく関わっています。昔の武士や公家等も、自らの領地や屋敷地の地名をその家の通称として、本来の氏(うじ)の名称とは別に、現在に於ける苗字の様に使うことが多かったのも事実です。それは、その土地と自らの家との結合の強さ、支配の正当性等を示す必要性があったからであると推測されます。従って、その家の通称や苗字と地名との間には、密接な関係がある場合もあります。ただ、漢字には音訓が有るので、ある種の理由より、それが同音異義の別語に置き換えられ、当て字に変えられている場合も多く、現在の地名の漢字表記だけから、その土地や家の来歴を知るにも限界があります。また、苗字ですが、血統を表示するという機能に於いて、日本人の苗字ほどいい加減なものはないと思います。明治初期になり、江戸期の被支配層にあっては、それまでの様に、名の使用だけでは不便であったり、徴兵に関わる理由、交流圏が江戸時代の様に村単位であった時代より、広域化して行くに連れ、家名としての苗字の使用がほぼ義務化されて行きます。特に民法に於いて、家や戸主の存在が強調されるようになると、尚更のことでした。いわゆる明治新姓が多く出現し、中には、役人が勝手に付与した語感の悪い苗字も作り出されたとされています。従って、日本人の苗字を調べる際には、人権に配慮することが必要です。名と違い、家庭裁判所の審議を経なければならない等、苗字の変更には困難を伴うので、尚更のことです。(2015年12月5日)

 今日の新潟は、低気圧の東進にともなって暴風雨です。よって電車はまともに動かず、また、道路も橋梁部での通行止めで帰宅できなくなるかもしれないというので、授業も少しだけ早く終了です。自然現象の話なので、仕方がありません。ところで、災害対処の文化論シリーズⅤは、ただ今、鋭意作成中です。そこでも触れますが、津波には海底地震にともなって発生する津波と、高浪や高潮といった、気象津波と呼ばれるものとがあります。後者は、低気圧や、台風の通過、接近によって海水が巻き上げられ、また、沿岸部へ吹き寄せられ、結果として海水面が上昇して沿岸部地域に浸水被害をもたらすものです。特に、大潮の満潮時にそれが重なると、大きな被害につながります。今回の低気圧通過では、その様な被害は起こっていないようですが、これだけ風が強いと、海水が雨や強風と共に、沿岸部へ降り注ぎ、塩害をもたらします。自動車も、道路へ散布される凍結防止剤、融雪剤の影響ともあいまって、下回りから錆び始めます。静岡県の沿岸部では、江戸時代に気象津波により、多大な被害を被ったことから、命山と呼ばれる、人工の小山を築き、それを何とかやり過ごしていましたが、現在では、その存在が見直され、現代の命山として、数か所、津波対策用の避難施設として整備されつつあります。近くから見ると、築造当時の古墳をイメージさせる大きさです。(2015年12月4日)

 新潟県内の水辺にも、この時期多くの白鳥が飛来します。ただ、今年は例年に比べてその飛来時期も早く、個体数も多いといいます。阿賀野市水原(すいばら)にある瓢湖(ひょうこ)では、11月27日の計測で、ついに白鳥だけで1万羽を超えてしまい、新記録達成となりました。水面は、白鳥をも含めた水鳥で、ラッシュ状態です。また、今日は佐渡島に漂着していた木造船内の捜索で、遺体が発見されています。これも以前に書いた様に、北朝鮮よりの漂流漁船であるとされています。つまり、今年の冬の日本海は、例年の冬とちょっと違った様相を呈しているとも言えそうです。それが意味している事象とは、地球温暖化に依る異変なのかもしれません。先日開催された、COP21でも、島嶼国の惨状が話題に上がりました。つまり、温暖化による海水膨張、海面上昇で、国自体の存亡にかかわる事態にさらされている国々が存在しているということです。海面上昇自体は、海進、海退といった、全地球規模での気候変動の中で考慮されるべき出来事ではあるでしょうが、これが同じ島国である日本にとっても無関係であるとは考えられません。勿論、温室効果ガス排出側の加害国としての責任もあります。このまま事態が進行すれば、早晩、日本の砂浜や沿岸部そのものも、縄文時代の様に、更に現在の島嶼国同様に、消失の危機に直面することははっきりとしているでしょう。(2015年12月3日)

 昨日は忙しくて書けませんでした。流石に「師走」とは良くも当てはまる言い方です。最近では、門松を年内に飾るところも多いようです。ただ、これは正月行事「子の日の遊び」 (公家たちが正月に野に出て松の若木を引いてくる遊び)に由来するので、年内に飾るのはどうかとも思います。しかし、節分(旧暦の大晦日)までに行なう年末の行事、「鬼遣(おにやらい)」、「追儺(ついな)」という、鬼を追い払う行事との融合も見られることより、鬼が忌み嫌う尖った物、柊(ひいらぎ)の葉や竹(の先端を斜めに鋭くカットしたもの)、そして松葉などを、門松という形でセッティングしたものであると考えられます。松や竹は常緑であることより、長寿や健康の象徴でもありました。旧暦の年末に米や大豆を神へお供えする家庭もあります。これらも生命の起源であると考えられ、やはり鬼が嫌ったとされています。縄文時代ごろ、中国大陸より日本へ、「鬼」の思想が渡来したころには、桃の種を使った鬼退治も行われていたようです。日本書紀には、桃の種を使った鬼(八色雷公)退治の話も登場しています。(2015年12月1日)

 日本人等がこっそりと(違法に)ゴミを捨てる時、多くの場合には、人目に就かない場所へ、人目を忍んで捨てて行くのだと考えられます。筆者の勤務する学校の傍にも立派な道路が通っていますが、人家が途切れた様な場所にはゴミが多く捨てられ、人家が有るような所には余り捨てられてはいません。また、不思議なことに、それだけ多量のゴミが違法に捨てられているにも関わらず、私は一回もゴミを捨てている人を見たことが有りません。ということは、ゴミを捨てる人の心の中には、やはり、やましい気持ちがあって、人がいない時を見計らって、こっそりと捨てて行くのでしょう。以前、東アジア某国を訪れた際、道路脇は、人家が有る無しに関わらずゴミだらけで、大胆にも人目を憚らず、道路にゴミを放り投げる人を多く見かけました。それどころか、その国の高速道路の本線上には、コンクリートブロックや、破片が多量に散乱していました。荷台より落下したものかもしれません。よくもまあ、事故が起きないものだと、当地のドライバーの高速運転技術の高さには驚かされたことがあります。何れにしても、そうした場所へゴミを捨てる行為は良くないことですが、日本でも古来、「水に流す」という表現法がある様に、側溝等にゴミを捨てたり、用を足したりする人が後を絶ちませんでした。ただ、やはり、それもこっそりとしていたのでしょうか?日本人の心情表現には「本音と建て前」がありますが、ゴミを違法に捨てるのに際しても、そうした裏と表の顔があったのでしょうか?ところで、私が勤務する学校傍の道路脇に捨てられたゴミは、本学の学生等が中心となって、定期的に拾い集め、きれいにしています!!(2015年11月29日)

 筆者もやっている電子書籍は、今後、増加の一途をたどって行くことでしょう。ということは、必然的には既存の書籍や、出版社の存在を圧迫して行くことになります。紙ものの本が全く消えて無くなるとも思いませんが、こうした流れは、予想以上に早く進んで行く可能性もあります。電子書籍の利点は、筆者、ユーザー双方にとり、何と言っても簡単である点、金額が安い点、無限に部数が発行可能な点、つまり、電子書籍サイトが閉鎖されない限り、「絶版」はありません。そして、速報性にあります。通常の書籍では、どんなに売れっ子の作家さんの本でも、毎月版を重ねて刷る、などということは少ないでしょう。ところが、電子書籍は、ワードやPDFファイルでの入稿なので、書き足したいこと、修正点等があれば、数分で更新することができます。読者としては、常に最新の情報に接することができる可能性もあります。私も、上で掲げた電子書籍については、何か新しい知見があれば、随時内容の更新をしています。従って、ページ数自体は、当初の物より段々と増えて行っています。書籍も成長をしていると言っても良いのかもしれません。(2015年11月28日)

 今日の新潟は大荒れです。例によって、この時期特有の気候―低気圧の、発達しながらの東進によって、強風に強雨です。午後からは一時的に霰(あられ)や霙(みぞれ)も降りました。従って電車は遅れ、1限の授業は、欠席者多数です。雪は少ししか積もらないが、風は強いのが良いか、または、積雪は多いが、風は吹かないのが良いか、新潟県人なら分かる選択です。(2015年11月27日)

 二十四節気は、古代中国の文化が日本へ波及した典型ですが、いわゆる旧暦の使用法と共に、農業や日常生活をスムーズに進行させるツールとして、現在でも活躍しています。昔の中国大陸の人々の中には、優秀な人物が多かったことを示しています。今日は「小雪(しょうせつ)」で、あともう少しで「大雪(たいせつ)」です。札幌では予想外の大雪(おおゆき)となって、除雪が追い付いていない様です。今日の後半よりは、低気圧が発達しながら東進し、特に日本海側の沿岸部地域では、大荒れの天候になりそうです。二十四節気、古代中国の季節感が、温暖化の進んだ今の日本にも当てはまるというのは、驚くべきことです。(2015年11月26日)

 現在、ある自治体で、「Webミュージアム」の構築作業をお手伝いしています。インターネット空間上に、仮想の博物館を開設するものです。今ではどこの自治体でも同様のサイトを設けていますが、小学生による地域学習も視野に入れていることが多い様です。ということは、一般の方々が見ると、ちょっと稚拙なものに見えてしまうこともあり得ます。こうしたWebミュージアムで、全ての来訪者の期待に応えるのは、なかなか難しいのかもしれません。ただ、HPとはいっても、作りっぱなしで良いわけではなく、維持管理、内容の更新、業者への支払い、人件費等をも含めて、想像以上の高額な税金が投入されます。「コスパ」という言葉もありますが、当自治体に本当に今それが必要なのかどうかも含めて、考えてみる必要もありそうです。(2015年11月25日)

 日本文化特論という授業で、「女人結界」の話題を説明する時、その起源の一つとされる事柄を紹介します。それは空海にまつわる「山家学生式」の中に記された、彼の考え方ですが、それは本当に彼が言ったことなのか、どうかははっきりとしません。無論、歴史上のことですから、それを検証する方法もありません。ただ、言った、言わなかったは別として、「尾ひれがつく」という慣用句を示しながら、高僧の思想が次第に拡大解釈されながら、社会へ広まって行った様子を留学生には説明します。慣用句は、日本語の中でだんだんと使われなくなって来ていますが、ある事象をイメージする時や、曖昧にしておきたい時などには便利です。何せ、「曖昧さ」は、日本文化の特性ですから。(2015年11月24日)

 今日もまた、日本海沿岸地域での木造船漂流、漂着のニュースが報じられています。こうした事例は例年のことですが、今年はちょっと、いつもの年とは違う様相を呈しています。北朝鮮国内での異変を反映したことなのでしょうか?ちょっと、心配です。昨日の新潟は、この時期としては穏やかだったので、庭の木の冬囲い作業をしました。雪の重みから植物を保護するための作業です。雪国ではない地域の方には、関係のない作業ですね。(2015年11月23日)

 石川県輪島市門前町の沖合で、11月20日午前、国籍不明の木造船3隻(船長約13m前後)が漂流しているのが発見され、その内2隻よりは成人男性10人の遺体が発見されました。2隻には漁網が積まれ、ハングルが書かれ、「朝鮮人民軍」の表記もあったとされています。毎年、この時期になると、北陸地方(昔の越国)~東北地方の日本海沿岸には、こうした木造船の漂着事例が多く見られます。その多くは木造船であり、日本の漁業者が通常使用する船ではありません。日本海の日本沿岸部では、海流の様相は、西側より東流してくる対馬暖流であり、韓半島の東岸より海に入った物体は、放っておけば、日本の北陸地方等に漂着するのです。彼らの乗船していた木造船も、韓半島東岸域より出航したことは、推察することができます。海流や、この時期に特有の季節風により、その方面より、意図せずに流されて来たものでしょう。古代にも、丁度この時期、日本朝廷の新年の儀に間に合わせる目的で、高句麗や渤海よりの国家使節が、無理をしながらも、北陸地方を目指してやって来ましたが、やはり、結果は散々なもので、その多くは漂着した状態で見つかりました。1,000年以上たっても、日本海を巡る厳しい状況は変わっていないことがうかがわれます。以上、事件の詳細は「新潟日報」11月22日付朝刊参照。詳しくは、①「韓半島と越国(かんはんとう と こしのくに)~なぜ渡来人は命がけで日本へやって来たのか~」をご覧いただければ幸いです。(2015年11月22日) 

 単なる日本の歴史ではなく、できれば、何かの役に立つ歴史学や文化論の構築を目ざしています。まだまだ、新しい知見の発見が多く、勉強は続きます。初冬の新潟より。(2015年11月21日)


インフォメーション:

 各種講座、講演会、また、出張授業等における講師のご依頼をお受けいたしております。今までの講演実績は、「足利義政と銀閣寺 ~和風文化の原型と生活文化、文芸~」、「日本に於ける災害対処の文化史 ~本当は怖い羽衣伝説、浦島太郎~」、「日本女性史の変遷 ~結婚・離婚、女人禁制~」、「越後の聖将 上杉謙信 」、「越国と韓半島 ~ヒスイ、鉄、そして渡来人~」、「日記、古記録資料にみる日本史」、「みんなで日本を学習しよう!!シリーズ ~京都。日本のふるさと~」、「日本酒の経緯(いきさつ)と日本酒文化論 四方山話(よもやまばなし)」、「電子媒体を使用した歴史学研究の可能性追究-柏崎市高精細デジタルアーカイブを事例として-」、等です。詳しい対応分野は、以下の「著者略歴」、および、「research map」で「研究者検索」(小林健彦)をご覧ください。往復交通費(日帰り出張不可能な場合、宿泊費用を含む)、資料印刷(コピー)費用のご負担をお願いいたしております。資料原稿よりの印刷、コピーをお引き受けいただける場合、資料印刷費用はかかりません。標準的な講演時間は、質疑、応答時間を含めて、約60~120分です。また、会場の所在地、形態は問いません。その他、ご希望に添う様、ご相談に応じます。ご依頼、お問い合わせは、「ktakehik@ner.takushoku-u.ac.jp」までお願いいたします。




著者略歴:

 小林 健彦(こばやし たけひこ)
 
1962年生まれ。新潟県出身。学習院大学大学院 人文科学研究科史学専攻 博士後期課程 単位取得 満期退学。現職は、拓殖大学大学院 言語教育研究科 客員教授、新潟産業大学 経済学部  教授。専門は歴史工学、日本語運用史、災害対処文化史、対外交渉史等。主な著作には、『定本 上杉謙信』(共著書、高志書院、2000年5月)、『越後上杉氏と京都雑掌』戦国史研究叢書13(単著書、岩田書院、2015年5月)等。プロフィールや研究業績の詳細に関しては、「research map」で、「研究者検索」(小林健彦)をご覧ください。

「research map」の小林健彦のページ。検索エンジンに下記URLをコピペしてご利用ください。

  ➡ http://researchmap.jp/read0049976/


お使いのパソコンによっては、上記した緑色の販売ボタンが作動しない場合もあります。販売画面に切り替わらない場合には、大変お手数をおかけいたしますが、下記サイトよりお願い申し上げます!!検索エンジンに下記URLをコピペしてご利用ください。なお、スマートホン等よりは、緑色の販売ボタンをご利用いただけます。


韓半島と越国: 
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631636

災害対処の文化論シリーズⅠ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631458

災害対処の文化論シリーズⅡ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631608

災害対処の文化論シリーズⅢ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631609

災害対処の文化論シリーズⅣ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631542

災害対処の文化論シリーズⅤ:  
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631546

日本語と日本文化の歴史基層論
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=50631473








スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

5142

Author:5142
日本文化論の部屋へようこそ!!

最新コメント

月別アーカイブ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。